2008/8/19 ヒーリングが起きる

書く事無いや、、と思っていて 今、2008年 8月 19日 夜20時ジャスト♪

さっき、たった今、ひとりヒーリングが起きた。

『ケルト ウーマン』を ipot で聞いていた。

バスを降りて、買い物袋や、実家の畑に行って取って来たばかりの野菜袋と、、

その前に、枚方のh病院に行って、H大病院と、K野病院に行く為の 紹介状をもらって。。

今日、紹介状をもらいにいくまでに、どれほど時間かかったろう??

今春、4月末に 1度書いてくれてたのを知らずに、5月GWにh医院に行ったけど、手違いでもらいそこねていた。

春に、思いが詰まった気持ちを一気にメールで h先生にぶちまけた。

GWに お会いしたとき「夫婦ふたりっきりで 頑張ってたんやなあ〜 読んで涙でたわ」

2007年 暮れ、11月位からおきる心身の変化

血圧は150〜 時に、170が出ていて 続いていた。

結婚してから、たぶん 朝早く夜遅い夫の時間に合わせて、仕事はしてないけれども、

生活の急変、慣れない土地に引っ越し、買い物家事 運転全般、

知らない土地にふたりっきりで 田舎で、メンタル的にも落ちていた私。

話す相手も無く、出来なくって、工夫したけれど 不平不満とケンカで、心身壊れかけて疲れて

腎機能が低下するのもしかたなかった。と、思っていた。

早死にしても、それでも 結婚して幸せに夫と出会った事、時間 出来事全て、

関わった人全て、結婚式を一緒に作ってくれた人達、スタッフ、友達、来て下さった皆、

どんな環境であろうと 一一生懸命に考えて幸せになろうと、選択し続けてくれた夫に、

こんな時間が、40歳になって、持病盛持ってて 得れて、

大感謝の方が大きかったし。。

身内以外で、腹の底からケンカできる パートナーに 大感謝だったし。


平和になりだして、仕事も 変化を考えて動き出そうとしていた 2007年暮れ、


夫の不調〜

その八つ当たり、

深夜遅く、思う様にいろいろいかない仕事や、契約条件の変化など

一家の主として、不平不満はあったのだろう

理解してたけれど、

寒い時期、暮れ、年末年始の主婦イベント、実家帰省、お歳暮にお年賀に

夫の食事管理に、栄養士へ予約して相談、自分の不調なまんま、外出も当然続いて、

自分の事を 思い、ケアーし、暖めて、血圧のことなんて、

あんまり気にしていなかった

気にしたら、動けなくなるし、ケアーにお金かかるし、

精一杯したいこと(大事な 皆の為に)
私がしたい様に 動けていたら、もし。それて寿命が縮まっても満足だと、心の奥で思ってて、

だから、

身体の不調や、人の疲れや負の想いが、私の体内に入ってきて苦痛でも、

数時間、数日かけて、直していけば、

彼らに、その状況を話さなくても良い、死ねば後で魂同士で、判るはずだし。

それから、な〜んにも出来なくなって、寝てばかり、寝まくりで、

動けなくなって、家事全般出来なくなって 実家に打ち明け寝に帰って、

白髪は増えて、生理はこないし、お腹貼るし、部屋はグッチャリ、高血圧になって、

下がらない。左足の裏と左腰の奥の熱を持った痛み。

これは腎生険から 起きる血管の炎症がでてきてるかもしれない。とH医師 。

そんなこと、検査の時、なんにもいわれた事なかったのにK野病院。M部長医師。

腎機能は1年いままでと比べられない早さでどんどん低下。

2クレアチニンになり、2・17早い。

担当医H先生に、「2をすぎたら 早く悪くなる。これだけは避ける様に、ずっとずっと頑張ってきたのに 少しでも 透析する時期を遅くさせて、新薬や治療ができるまで、頑張ってほしいのに」

ありがたい。

夫も、実家の両親も 同じ事を言ってくれる。

なのに、本人、わたしは、

もう、自己ケアーする気力も、病院に行く あちこちに変わらないと行けない病院めぐりや、

医師の疎通が出来ない担当医と 気を遣って話す時間の苦痛や、

採血の注射針や、患者の事をないがしろに話すM部長医師と合う事や、

患者 ひとりで行けば 適当に話をかいつまんで、「同じ事を話す時間はないから、他の担当医に変えるか、近所の病院を探していって欲しい」と言われ、

家族が一緒に行けば、口調が変わる やるせない医師

そんな色んな事に 怒り、病院に行く事を拒み、

家庭生活でも、不満を我慢して 自己ケアーを後回しに

人の事、人のケアー、困ってる苦しんでる人の癒しに時間を割いて

もし、これで死が早かっても、

自分で選択して決めた行動に、何の悔いも無い 

あんまり、私の為に医療費がかからないうちに、死んでもかまわない、後悔は無い。

本気で 心の奥で 誰にも言わず、思っていた。

なかなか生まれなかった代一子の私を、幼い頃から病気になって懸命にいろんなこと、弟までも 後回しにして私を看病してくれた両親や 親戚、近所の人達、

反感をかってまで、私と結婚を選んで一緒に幸せになろうと、選択してくれつづけた夫

多くの、お世話になったこれまでの、ひとたち、ともだち、

役目は、どこまで出来てるか判らないし、頑張って私だけの経験を生かして

何かの、誰かの為に、夫や家族の為に、大事なひとたち、見えない大好きな存在の為に、

自分を生かしてれば、

いつ死んでも本望、と 思ってた。

さっき。

ひとりヒーリングになったのは、

「波動」の本を読んでて、

ほとんどイメージできない私が、電車の中でふと、イメージが湧いて、どんどん暖かくなって

こうなったら良いな、が、どんどん湧いて来て、

それは イメージが楽しくて楽しくてしかたなくて

バスを乗ったときは忘れてて、

降りて、また、さっきのイメージに心身暖まりだしてたとき、

一気に、 涙が溢れ出て来たの。

なんで泣いたかって??  びっくりした/

あるヒーラーさんが、私の質問のコメントをメールでくれた。

『想いが決まってることを癒すヒーリング』と
『悩みがあって 定まらない時に すっきりするリーディング』

私は ずっと持病が良くない方に悪化したとき パニックrになる。心が定まってないのだ

ここを癒したい。『悩みで さだまらない不安定を癒す』 にしようと、決めたの。

次の瞬間、

さっきのイメージが、湧いてきた。

そのイメージとは〜

 ☆☆☆  娘が 9歳で 背は夫に似て高く、小さいときはワンパクでお茶目で超元気で、そろそろ 女同士の話も出来る年頃。
パパは、一緒に三人で買い物に行くのが好きで、
パパは、ますます おだやかに 穏便で いつのまにか猫背も直ってて 良いカンジで紳士

私は、すっきり はっきりとイメージできるくらい 漂う透明感や大きなゆるやかなエナジーを放ってる女性になってる。

その彼女は 私の両親もちゃんとだっこされてて、両親もとても喜んでて

優しく おじい、おばあにも 優しさをもって接する娘。

その娘は、19歳で最良のパートナーと出会って結婚して21歳で子供を産んでるから、私はおばあになってる。

私は67歳だけれど、充分に元気で 腎臓も全く問題なく 過ごせている。

高校の17、18歳には、親娘と 旅行に出掛けたり 外国に行ったり(朝見帆ほこちゃんとこみたいに)

なんだか親戚のお姉さんみたいに 一緒にいるけど ツカツは慣れずで良い関係。

パパは、両方をとても愛し、、

娘の彼は、少し背が低いけれど、愛嬌あるスポーツマン系で誰とでも 話題を持ってる。少し体格のいい 夫とは体型の違うタイプ。

その彼に、(義息子)嫉妬しながらも、皆が微笑ましい空気をニコニコ見守ってる しゃいで暖かいオーラ前回の夫。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 そんなイメージが 楽しくて 〜〜〜〜〜〜〜

すると、42歳で産んであげたら良かったなあ
血圧下げるキツい薬つかうと、妊娠にストップがかかる

高血圧も妊娠や子供に負担がかかる
腎機能も、 悪くなって

今日、紹介状をもらいにいったってことは、
それら 透析の準備とゆーか、
大手病院に移医院する手続きを、一歩薦めた訳で、

これらの ことを受け入れtらレズに ずっとずっと 引き延ばしていた。

それの、第一歩を今日、紹介状をもらいにH医院にいった自分は、

一番 やりたくなかったこと、認めたくなかったこと(腎臓悪化、透析準備、子供が生めない状況をどんどん認める事 受け入れる 最後の抵抗)

だったんだ、、と気付いて、

まわりに 遠慮して、、なんでって、廻りは何もコメントできない慰めようがない内容にとまどうだろうし、

でも、とうとう 自分で紹介状をもらうことで、イ一歩、産めない状況に足を踏み入れてしあまった

「ごめんね、ごめんね、」って言い続けて泣いた。

玄関のすこsまえから、バス降りてから 涙が止まらなくなって顔もくちゃくちゃ

「ごめんね」は、娘に 「産んであげれない状況になってしまってごめんね」

夫には「ごめんね、もっと早く私が「心身準備できてれば、状況を把握して手を打ってれば、買うんsリングとか受けて、恐れや怒りを早く出しておけばよかったね 娘を生でだっこさせてあげれなくて、ごめんね」

親には 「まだ、 生もうとしてて それで泣いたり悩んだりしてるって事、高血圧下げる薬を飲みたくない、とワガママ言って、結果腎臓を悪くする経過を早めてしまって、いままで頑張ってくれたのに 現状をまだ 受け入れられずに ごめんね。 言わないでおこうとおもってたけど、 」

スピリットさんたちは、ぜ====んぶmお見通しなんだ。

誰にも判ってもらえないし、行った事無い、と思ってても、スピリットさんたちは、

ぜんぶ お見通し。ひとりひーりんぐしたとき、「大天使さんたち、スピリットさんたち 総動員でケアー ヒーリングをよろしくお願いします」ってお願いした。

全部書いたら 一杯泣いたら すーーーーーーっきりっした。

これ、 ちいさな単行本にしたいな 「おひさまと雪」 



















  










































































































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あらためて

2008年 2月 29日

4年に一度ある日なんだね、うるう年だ。今日


最近 夫と話していること

先日、まず、大げんかした
夫が 仕事でイッパイイッパイなのだろうけれど、妻に八つ当たりは断じてならぬ

自分で発散方法を検討してくれ、、と
急速に、、と
お店で話します。

家では 込み入った話はやめよーとおもった。

ちょっと 体に優しい食事をして、お茶をしてるときに
「今度の日曜、用事が終わったら お話ししたい」と数日前から夫に意識を送っておいたのもあって、大人しく話したい話を聞く姿勢を示してくれて嬉しかった

(言う事は いっとかなくっちゃ。。。)

夫「ごめんな、ごめん、気を悪くするかも、(言葉に出す事をためらいがちに)今、子供欲しいねん。」 

夫に簡単に言えない状況を作り出したのは 私の精だ

結婚前から 一番話し合った事

私の持病と年齢が、子供を妊娠して出産することを 私が一番気にしてて、

夫はその時は「子供は二の次、(私)が幸せになる事、俺がしたい事はそれだから、、子供は居なくても(私)居てくれれば、、、、」

でもきっと、この人は自分の子供が欲しくなるよ  確信していた

「絶対、 欲しくなる事があるとおもうよ。今はいらないっていってるけど。そのとき、本当に私の年齢や持病が 赤ちゃん妊娠出来ない状態やったら、ホンマ,悪いし  いくら私が頑張っても、2人っきりの生活で一生終わるの、そんな夫婦関係で満足できるかなあ?自信ないなあ?」

「大丈夫やって」

なかなか、納得しない私を 根気づよく話し合いにつき合ってくれた夫。

そーーして6年目、仲間や会社仲間が次々パパになって、義妹んとこにも二児が産まれて、

この先、この子供達の成長を見て行くのだと思うと、きっと夫、自分にも欲しいやろうな〜

それにしても私、あのときみたいに、すごーーーーく妊娠をしたいって思えないのはなんでかなあ?

血圧が ヤバい時で上が170 下が 100

このせい??

心配事は前からあるから、

でも、ホンマに夫婦2人で一生過ごす気分ではないのに、

妊娠出産だけがイメージできなくって

その後の、夫が肩車して子供と遊んでるとか、親子でおでかけしてるイメージは湧くの

育てる過程が全く 浮かばないのは???

ちょっと 考えてみた。。

私が自分が幼い頃から育つのに 親も私も大変だった

それが大きく深く影響しているのかもしれない

「ねえねえ、 こんな事言っちゃあなんだけれど、私、どーしても 妊娠したいって強くおもわれへんねん。自分の中に深い恐れがあるんかな??

私が大人になるまでが とっても大変やったし 親も大変やったから、それで自分が親になる事に深いブレーキかけてるんかなあ??そんな気がする」

「ん〜〜〜〜〜 そやなあ、それはあるかもしれへんな。‥‥ ま、大丈夫やって 大丈夫」


ん?

俺は、特別 居ても居なくても それはそれで受け入れるで。
俺は、大丈夫って思うで。産まれたら産まれたで全面受け入れて受け止めるし心配ないって。
俺は (妻)悩むほどの事は起きへんって 思ってる 大丈夫やって。

どれやろう? 大丈夫って??

ま、あんまり考えんとこ。。

そんな会話が 昨夜なされたのでした

持病と血圧を下げるために、今春から仕事を全面 手放すことを決めました。

決めて、仕事仲間や夫に話した翌日から、つぎつぎと

仕事の依頼が毎日連絡がきました。

これはいったい?

お試しでしよーか?

(ほーーら、おいしいお仕事の話 あるよお? ホンマに辞めるん?)

「手放し」は、「受け取り」です

今までのやり方、古い考え 手放しすると、

新しいやり方、 新しい合った事柄、人 で会ってきます。

これ、ホンマに起きています

2008年

私にとって 12年に一度の良い年
そして、他でも 良い年なんですって
お正月のおみくじも 大吉
そして、地球レベルで、2008年は 穏やかで嬉しいニュースが多い年だそうです。。って

新しい惑星が見つかるかもしれないニュース
2日続けて 結婚報告などなど
私もこの 良い年に便乗しておきたいものです

「手放し」
正直、仕事を手放して、
ホンマに妊娠して赤ちゃんを産む準備をするために リラックスリラックスday を決めたのでした。

夫以外 知りません

でも 宣言したかった

医師に言っても叱られる「まだ、そんなこと思ってるのん??」って。
友人にも きっと応援してくれるけど 困った顔するにきまってる。私を心配して。
まだ、諦めれて無いんや〜って。
ある 大好きな霊視カウンセラーさんが教えてくれた
「今、側に居ますよ。(私から)産まれたいとおもっている子がいますよ。」

ここ数年、色んな事に向けていたエネルギーを 今こそ 集中してみよって思いました

でもね〜 あんまり強く願っても。○○○だし。

準備ができたら 赤ちゃんに 準備出来ましたよ〜って教えてもらえる様に頼んでみました。

こころに ある これらの思い、どーしてもカキコしたかった。

夢ものがたりやな〜で読まれたかたも、
もしかして〜ピン♪ときた方もいらっしゃるかもしれない

記録としても,書き残して置きたかったのです。







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