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思いが実在していた!地下存在の出産と育児 2009/2/25

宇宙船 UFOは幼い頃、10数名と一緒に数十分間 見たので
存在は 普通に「居る」と思ってる。今でも。。
そのときの体験は、大人になって UFO研究雑誌にイラスト付きで載せたいと
言って下さって 載った。

でも 日常では見えたり聴こえたりしないので、
あんまり この手の本は興味が無かった

「ついに実現した 地下存在との対話」 著者 ダイアン・ロビンス

(大安って良いじゃん♪)

2月、本屋で歩いてたら

「読んだらどお?」って本と目が合ったので読んで、買ってしまった。。そこには、

30代の頃に夢見た 私の理想の出産 育児 子育て が
すでに存在していて 「国?として地域密着であたりまえに行われている」
と、書かれてあった。。。

「あった〜〜〜♪ 理想の……」

今の地球や西洋医学、日本では考えられないものだ。

ざっと書いてみよう〜

☆懐妊がわかれば、国?は女性を 綺麗な映像、風景 環境、美しい音楽の中におき、胎教にのぞめむ。

それは、体内にも美しい穏やかな綺麗な影響を与えて、母子ともに良い影響を与えると 判っているから。
夫婦間や 環境に怒りや喧嘩、殺伐とした環境が妊婦に与える事は、
産まれてくる赤ちゃんにとっても、不安、怒り、恐れを植え付けてしまうのは、当然の事とされているため。

(なんって〜 理想的なのでしょう〜 そうそう、私が望んでいた出産までは良い環境維持。10月10日も美しい映像や環境、綺麗な音楽もついてるなんて大事。もっとも!拍手一杯♪♪)


☆母子共に 体に負担をかけないために
懐妊から3ヶ月で出産する。

それは、永く体内に入れば、いい環境を永く整え続けるにも負担があったり、
産んだ後、母体に 育てる体力気力を残しておく為にも 早く産むのが普通なのだそうだ。

(なんって 私向き。と思った。

ある日、ふと思ったの。2、3ヶ月なら体も持つし、良いのにな〜と。それが存在していた。

実際、10月10日も 私の体力内臓で 安泰に育てられない不安があって
世の女性も、今の世の中、そんなに永く安泰な環境で妊婦でいられる分けが無い。。
車が多いとか、食材に不安があるとか、
家族、夫のイライラもあったり〜。10月10日って……ぶべんやなあ〜

最近、日本でも早産3〜6ヶ月で産まれるケースが増えてて、未熟噐が足りないので早急に増やす提案がなされているそうだ。

私は持病があって、その臓器は10月10日間胎児を体内で育てる事は無理だと
西洋医学では当然のように言われていた。

妊娠しても8ヶ月で人工つわり、お腹を切って産むことが当然と言われていた。
40歳をすぎて、お腹にメスをいれた出産後に、育児に向かう事って結構想像しただけでもキツい。

体力気力ともに ひとりではなかなか。。
多くのひとの手を借りたり、
お金をだして手伝ってもらったり、買いに行けずに
購入するものも増えるだろうなあ〜

両親が80歳を目の前に                                         「もう、思う様にサポートできないよ。老いてってゴメンネ」
と、老いを悔やむ言葉に(ん〜〜 心配かけてゴメンネ♪)と、                 安心して妊娠出産しよ〜と、普通の女性の様にふみきれないでいたのでありました。。

だから妊婦3ヶ月だったら〜良いなあ〜夢の様

☆水中出産 産婆さんか医師と夫とで 水中で産み、
赤ちゃんの肺の状態で何度か水中と泳いで顔をだして酸素を吸って、を繰り返し、
赤ちゃんは肺呼吸にはいる準備をする。
それが、産まれて 泣かないから叩かれたりすると、
大人になって肺に支障があったりする影響になる。書かれてある。

そんな 赤ちゃんのペースに合わせて水中(いままで居た水中)か
ら酸素呼吸になるまで待ってくれるなんて 良いね。

私は、ある日、健康体で出産するなら断然、海でイルカと夫と医師ともに
出産するんだ……と、思った。
現実では……
外国だったら、あるのかもね……

☆産まれてから〜 数名の大人が育てる

☆思春期には 体が変化するためにとまどう子供達に、
安心して話しを聞いてあげれるよう、
大声をだして感情をコントロールしてもいいよう、
変化は誰にもおこるもので、怖れたり怖がる事は無いのだと
本人が判るように サポートする 大人が付いているのだそうだ。

それは、本当に大人になった時に、幼い頃の感情の起伏を                   コントロールできた自信になったり、                                 大人になって暴れたり暴力を振るう事を防ぐ働きになる事は
誰でも知っているので、そう 育てる事は当然だと国?が                   行っているシステムになっている。

(家族や体、病気など、本人だけでは未知の怖れ、                        意味が判らない感情の起伏、
そんな事を、『大丈夫だよ。みんなおきることなんだ。』と                     さとして導いてくれる大人がつく。                                   本人の本来の免疫力の高さを見続けてくれる大人が そばに、その時期いたら、
今の地球で、どれほど多くの子供達が 感情的に救われ、
早く 自分らしく エネルギーを注ぐ事が出来るだろう
ってことが、判っているから
すでに、存在していることが、素晴らしいシステムやなあ〜〜 って思う

その国?やったら、私、
もっと とっくに安心して子供を産んで 安心して楽しんで胎児と対話して
まわりのシステムや環境に心身をゆだねらてたろうな〜

そこで 次回は産もう!

そんな時代が必ずくるって思うし。
その時代に、私が間に合うか合わないか(なんのことって?内緒)
未知だけれど

そこで産むわ
産まれてくる子供は
幸せだもん

起きて欲しい幸せが
すでに 起きている環境が存在する
ってことは、

心強い

遺伝子異常の子が産まれようとも
簡単に 遺伝子は正常に整う食材があり、                             あれこれ探しまわらなくても地域で 必要な栄養素が育てられてて食べられる。

平和に穏やかに 本来のパワーを喜びの中で使い楽しむことが
続くのだ

人間60 70年
色々試行錯誤 色々あって
やっとメンタル的に順応できる精神力がついたころ
アレコレ 体にガタがきて思う様にうごけないなんって                      友達が死んじゃったり
なんって短い人生なんやろう??

もっと、200 300年生きれたら
体験経験をつんだあと、仲間と もっとおもしろいことをしたろうに。。
出来るのに。
と つくづく 思っていたら、
それも叶うらしいのだ。

ほんまに、望み思っていた世界観が
あるだのと、
本には書かれてある。

それだけでも
気持ちが大きくなったきがしました。

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「もう 良いの?」夫

ある日、2009年1月の ある日
夫が すこしだけ寂しそうな顔をして
目をして私を見ながら言ったこと

何度か思い出すし
胸に響くし
響いたし

書いておこーかなあ

思って。

「なんだか、もう、諦めたのかな?と(ゆうふうに)見えるよ

もう、子育てをしなくていいの?

産んで 子供を育てる 育児を@@(私に)に して欲しかった

(私が したいと 思っていたから。心から。夫は見抜いていた)

もう、諦めたように見えるけど…」

そんなふうに、見抜かれてたなんて。

そう、もう 現実的に気力も湧かないくらい去年はいろいろあったんだもん

昨年、いろいろと1年間 

持病も悪化数値になって

新病名言われてショックで10月から生理止まっちゃって

気付いたら止まってて

まだ希望を持っていたんだ

遠い夢を持っていた

本当に上がるのは50歳くらいと決めてたから

強引にでもあと、1.2年は〜生理さえあれば

なんとか 体調は持つのではって

気付いたら 生理が止まってて

でも、またいつものように始まる気がしていて

検査しに産婦人科に行ったら

「もう、持病のせいで、妊娠したら赤ちゃんに影響がある心配のほうが、無いとおもいましよ、キツいことを言うと、可能性は今、0、〜%だから。」

結婚した時、2、3%って言われてて

それでも 少ないなって漠然と思っていた

ホンマに、心から向き合っていなかったんだ この事に

気付いたときから、

「もう、子供は産まない様に 諦めてね」と育っていて

そのことについて 考えない様に無意識にしていたから

こんなに こんな〜に 心から欲していたことを

今更ながら気付く いや 判っていたんだ

夫には 本当に申し訳ない気持ちで一杯

彼は まだ 今も愛をもって 働いて帰宅してくれる

この愛を 本当に感謝しないと

おいしい〜もん 作って待っていよう

まだ、受け入れられない現実もある

奇跡 というものが私に降り注ぐ気がしている

現実を見なさすぎる?

「奇跡」って響きが とても大好き

あのとき、あのとき、後悔はある

これだけは後悔がある まだ

運命は受け入れたつもり

ただ、これだけは後悔があるんです

奇跡 奇跡 奇跡の子

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--; 永らく 書けませんでした。。実は〜   2009.2. 6 記

2008年 の1年間は とってもとても、

そうやなあ〜 今まで生きてて 1番、 2番目くらいに キッツイ出来事が次々 起きました。

そのお陰で、 永年 理由がわからなかった体調不良のひとつが

「エンパス」という 中でも体質が 人の感情や体調まで共鳴していたこと、

そして、大地、土地の影響を知らない間に受けていたり、

(昔、たとえば木を沢山切られた跡地に建った建物に
知らずに住んでて、その木達の悲しみなどが今でも漂ってたりすると
体に共鳴してしまう 等など)

どこに居ても、バスや電車、人ごみ、夜、電話やテレビ メールやパソコンも〜

体内に入ってきて 

リンパラインや お腹にたまったり、

変な異物が喉や肩甲骨のナカで気持ち悪く動くカンジ

エンパスと判ってから 私に合った対処で落ち着きをとりもどしたのが 夏。

ようやく 平穏に暮らしだしたとたん、

40歳あたりから 上がっていた高血圧160〜170代

それらの影響もあって 

近くの病院に移院を迫られ、発病の6歳からの資料を

まとめてくださった 親切な医師の紹介状をもって

10月

忘れもしない 10月1日

末期、両親の遺伝子の傷が原因の病気だと診断

2、3年前に発見されたもの

このさき、悪くなるしか無い、

食事療法、検査、治療、何もする事が無い

と、診断

何を言われてるのか受け入れられないまま

ショックだったと判ったのは、

それっきり、2009 1月まで 生理が止まっちゃったこと

暮れに 医師に言うと

「まあ、年齢的に、そんな時期でもあるし。筋腫があるなら、
(生理が)無い方が、筋腫も小さくなるし 問題ないのでは」

と、

ほんま、これが大学病院かと 

大学病院の評判の 思いやりの無いお言葉

生理が無いと、

産婦人科にも それなりに通う事になるし

それでも からだ全部を支えてくれてる内臓があるのだから

タンパクと カリウムを 制限する食事療法を

栄養指導の予約を取り、受け(また、この栄養士が頼りにならん)

あまりのショックに 感情が爆発するので、

身内や 夫、お友達達に 感情まで聞いてもらう訳には行かないので

あまりに キツい怒りと悲しみの感情だし……

カウンセリングを予約 90分 3150円という リーズナブル

今回は、とにかく 何か相手にリーディングして欲しい訳ではなく、

涌きい出る 本人では止められないこの 感情を

少しでも 吐き出す術、そして

「そうだったの、たいへんだったね」と、言って欲しい

でないと、

夫や、家族、親しい友人、医師、などに 症状を話したんびみ

いきなり涙があふれるのだから お話にならない

相手も ビックリ それだけに 溢れているんだし

ということで、

内臓に負担が少ないと言われている薬 (本当は効き目ないと、薬局が言ってた)

新薬の 血圧を下げる薬を 一応飲む

その結果をみるために 毎月 病院へ 採血

産婦人科に 筋腫の検査と がん検診

その結果を聞きに。

筋腫は 2つ、やっぱり小さくなっていた

生理は、薬で出血させることもあるけれど、

年齢的なこともあるし、

飲めば それだけ やっぱり内臓の負担にもなるので

自然に様子見ましょう とのこと。

2年前に お世話になった女医さんが退職されてたので、

捜して 見つけて受ける。

ひとつずつ、ひとつずつ、

この身を連れて、検査に

この寒い時期に。。。

でも、不安が ひとつずつ、消えてゆく

他にもまだ。あるけど。

遺伝子異常は 今月、遺伝子カウンセリング という

人にうけることに 予約済み。

遺伝子異常の内臓は、西洋医学的に、3年くらい後に、

移植することになるかも。と言う。

移植も、移植してから後転反応や 合わないケースがある。
合わないと、また、移植した内臓を取り出す手術をして、
透析にはいるとか。。

移植で使える内臓は、兄弟か、夫。

親は、もう80歳を目前なので、使えない内臓らしい。
残念がっている。「ごめんね、年が行って。。」と。

そ、そんな〜。今更 こんな診断が判って まだまだ心配かけててごめんなさい。

おとーちゃん、おかーちゃん

そして、夫は大の注射嫌い

弟とは 仲悪い

その 夫が「俺、移植しても良いよ」と ある日、言った。続けて、

「移植して、直ったら子供産めたら〜」

(あ、あのなあ〜 50歳になるねんけど……そのころ)

そして、今回の生理が 止まったまんま

1月に入って夫

「さあ、子づくり しよっか〜(スリスリ)♪」

(こ、こいつう〜〜どれほど、 何?  どんだけ おき楽やねん。。。。。)

このあと、 カウンセリングを 受けて 

夫に 申し訳ないこと

結婚当初 頑張って子つくりしとけばよかった後悔

だって、母に長い事「子供は産んだらアカンよ(あなたの体が大事やから)」

と、言われ続けて来たのが無意識に刷り込まれていて

子供を持つことは 遠い遠いところに 置いていたんだもの 私

そんか感情すら 気付かなかったもん

1度、流産してから 本当に産みたいって 心の底から思ったのが初めてだったんやもん

こんな心の中にある感情を クリアにして結婚して出産して育児もしたかった

だから、カウンセリングも勉強したつもりやったけど、

結婚できたとき 安心してしまってた

まだ、こんなに未解決で残ってて

年齢は過ぎるし、慢性病はこんな結果になっていくなんて 思って無かったし

生理は止まるし

高血圧下げる薬は飲むし

これは新薬なのもあって、どんな影響が体内にあるか判らないらしーので、

妊娠には不向きな薬だって

産婦人科医師は 言ってた。

慢性病医師は  そんなこと言ってくれなかった。

産婦人科 女医さんが言った。「もう、可能性は0、〜 くらいなので

旦那さんが誘って来ても 妊娠したら色々心配〜ということは、、キツいけど ほぼ、ない」

と、言われました。

なんだか、ここまできたら

「は〜 旦那には、大変申し訳ない と涙がでてたけど、拒む理由が無くなったなら

それはそれで、拒む理由を彼に伝えなくていい、心の不安を伝えなくて済むだけ、

ストレスが減った 」

という 安堵感も湧く。

へんなの。。。

ひとって、生きてるだけで 大変

6歳から 病気と病院と 多くの制限のなかで育って

やっと 30代後半で 心の勉強をみつけて初めて 

穏やかになりだしたとおもったら、

体調に 年齢的に いろいろ 出てきますなあ〜

私より もっと高齢な女性達は

ほんま、 いろいろ乗り越えて生きてきてはんねんなあ〜〜

まえよりも、もっと席を譲ろう と思いつつ

私の方も しんどくなってきてるし

ごめん、私も座りたい仲間

こうして、かける様になったのも

ひとって 強いな〜

生きてると 強くなるわ

ではでは〜 また

なんとか、遺伝子やったら 日本では遅い研究なので

どこかで 早く見つけてくれて

あっというまに 直る気もする

子供だって, まだ 諦めきれないでいる

力を抜く事

ストレスを クリアに

オホポ〜を使いながら

良い時間を増やしたいと思うこのごろ

春とともに
人の 奇跡の力というものを 起こしたい

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